夏の終わりの始まり
休日の夕方、ベランダのサンダルの横にセミがいた。アブラゼミだろうか。セミは動かない。まったく動いていないが、おそらく生きているのだろう。もし手でつまもうものなら、ミンミンと大きな鳴き声を上げる気がする。
このまま放っておこうと思ったけれど、ベランダのコンクリートの上で息をひきとるのはセミとはいえ気の毒だと思った。手でつかんだ。案の定、ミンミンと大きな鳴き声を上げた。少し遠くに茂っている、マンションの庭の草木に向けてセミを投げた。
セミは最初よろよろとしながら、それでも羽を広げて飛んだ。放物線に逆らうように、少し上昇しながら飛んだ。あの夏の日の、といってもセミは1週間しか地上にいないので、今年の夏のある日のように、飛んだ。
もしセミに記憶があるとすれば、飛びながら、あの夏の日のかすかな記憶を呼び起こしていたかもしれない。「あの日、おいらは確かに飛んでいた」という記憶を。
その後、放物線と同化したセミは、樫の木の根元に落ちた。