将棋は「日本の文化を指す」のだ、という考えで学んでいこう
日本和装の、着物の着付け教室のCMが放映されている。女優の米倉涼子さんが出演している。着物姿の米倉さんが、教室で一緒の女性から「着付けって、何回通えばいいの?5回とか?」と聞かれ、「5回じゃ無理。日本の文化を着るのよ。5回じゃ着物は着られないわ」と答える。
そのCMをみて、着付けできるようになるためには5回とか6回とか回数の問題じゃないだろ~とか思いながら、わが将棋の取り組みを振り返ってみると、初段になるためには定跡をいくつ覚えれば、詰将棋を何問解けば、と考えている自分がいる。これでは、着付け教室に何回通えばいいですか、という教室の女性と一緒の考え方じゃないか。将棋も「日本の文化を指す」のだ。そういう考えで学んでいきたい。
写真は、マニラのホテルに滞在したとき、ホテルの庭にあった大きなチェスボードで、対局する(あるいはチェスの棋譜ならべをする)兄妹とそれを椅子に座って眺める父親(師匠?)。いい風景だった。
日本の椿山荘あたりの庭園にも、こんな感じの将棋盤ゾーンがあればいいのになぁ。椿山荘にはなかなか行ける機会もないのだが、、、。
【定跡】横歩取りを学ぶ(△3三角型)
飛車の横歩取りに対して、後手の最有力手は△3三角である。この形をみていこう。
ここで先手の対応としては、▲3六飛車と引くのか、青野流を目指して▲5八玉とするのか、2パターンがある。
パターン1: ▲3六飛
ここで先手の自然な手は、▲3六飛とひく一手である。▲3六飛のあとは△8四飛▲2六飛△2二銀▲8七歩からの△5二玉の流れが自然である。
この場面で先手は▲5八玉、▲6八玉、▲7七角の3つの手が有力だ。ここでそれぞれの定跡を学ぶのも勉強になるのだが、あまりパターンを増やしても覚えきれない。というわけで自分としては▲5八玉の手を学ぼうと思う。
玉が真ん中でバランスも素敵だ。その後、△7二銀▲3八金と進む。
とりあえずここまでを覚えよう。ただ、後手が△7二銀(→▲3八金)と進めずにいきなり飛車交換を挑んでくる場合もあるようで、これだから定跡というものは困ったものである。
パターン2: ▲5八玉
▲5八玉として青野流を目指す形だ。
【定跡】横歩取りを学ぶ
将棋ウォーズの戦術力が低い私は、先手のときに▲7六歩△3四歩▲2六歩△8四歩と来たときの戦術が定まっていない。
こうやられたときの戦術を固めるのが今回のテーマである。おそらく▲2五歩とついて△8五歩▲7八金△3二金という形で横歩取りに持っていくのが良いのだろう。そして▲2四歩△同歩▲同飛△8六歩▲同歩△同飛となった後、おなじみの▲3四飛としたものが以下の図、ザ・横歩取りである。
飛車の居場所である2筋から3筋に移動、どうも落ち着かない飛車の位置である。田舎から出てきた飛車が銀座中央通り(2筋)を慣れない足取りで歩いていたのだが、何かの拍子にブランド店が居並ぶみゆき通り(3筋)に迷い込んでしまったような感じだ。田舎飛車のピンチ!
ここから後手はいくつかの対応がある。
その1: △3三角
いくつかの定跡書をみると、いちばん後手にとって良い形は△3三角であるようだ。
ブランド店が居並ぶみゆき通り(3筋)に迷い込んだ飛車に対して、どこぞの画廊からキレイ系のお姉さん角行が出てきて「絵を見ていきませんか」と対面で声を掛けられる図である。田舎飛車、絵を売られてしまうピンチ! いったん引くのか、キレイ系角行と対面したまま会話を続けるのか。
この△3三角の形を主に研究していこう。
その2: △3三桂
おいおい勉強していこう。
その3: △4一玉
おいおい勉強していこう。
2019年になった
2019年になった。
2016年秋に立てた目標では、2018年末には将棋ウォーズでアマ三段になっているはずだったが、未だ1級のままである。2017年の11月には初段に上がった。ここまでは良かったのだが、2018年の夏に1級に降級になってしまったのがイタかった。それからも調子は落ち続け、2019年元日時点で1級達成率45.4%(2926勝4021敗 勝率 .421)という落ちも落ちたりという成績だ。
将棋が弱くなっている感覚はないのだが、現実に将棋ウォーズの成績が落ちている。原因はわかっている。将棋ウォーズをやりっぱなしで、復習・反省をしないからだ。2019年は将棋ウォーズで対局したら必ず復習するようにしよう。あとはリアル大会にも足を運びたい。2018年には3勝賞をゲットした平塚七夕、朝日アマ予選、まぐろ将棋の三大会には何とか出場したいものだ。
将棋ウォーズは1級のままだが、ともあれ年は明けた。
あけまして、おめでとう。
【将棋x旅行】奈良の興福寺にいく(後編)
やってきました、興福寺。日本最古といわれる将棋の駒が出土したお寺である。その興福寺の伽藍のなかでまず向かったのが中金堂。和銅3年(710年)、平城遷都と同時に創建された、まさに遷都の象徴と言えるお堂だ。江戸時代の1717年に火災で焼失、そして今回、およそ300年ぶりに再建された。
さて中金堂のなかは撮影禁止ということだったので、諸尊の撮影はできなかったのだが、釈迦如来、薬王菩薩、薬上菩薩、吉祥天、大黒天と、四天王の多聞天、持国天、広目天、増長天と9つの諸尊が並ぶ。9つ、といえば将棋の行列の数ではないか(たぶん関係ないが)。
中金堂を満喫したのち、五重塔を眺めながら国宝館に向かい、阿修羅像や千手観音像を鑑賞した。
さらにこの日、興福寺から奈良国立博物館に向かい、正倉院展を堪能したのだった。
奈良はすごい。